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交通事故によるPTSDの発症と損害賠償①

交通事故によるPTSDの発症と損害賠償①

■ポイント


1.PTSDの認定基準として裁判例で使用されている基準は、心的外傷後ストレス障害のDSM―Ⅳの診断基準(ICD―10の診断基準に言及する裁判例も一部あり)。


2.PTSDを回復が見込めない後遺障害として認定することについては、そもそも医学的にも説明が難しく、認定基準が確立されているPTSDそのものが認定されたからといって後遺障害が認定されるような関係にはないため、慎重な検討が必要。


3.PTSDを発症した環境的要因、性格的素因等に着目し、個別の事案では、損害の公平な分担として30%程度減額されるケースもある。

 

 

1.はじめに


交通事故は被害者の日常生活を一変させることも多く、交通事故をきっかけに精神的不調をきたす被害者も決して少なくありません。ただ、精神的不調といってもその範囲や程度は様々であり、どのような内容であっても損害として認められるわけではないようです。

 

本稿では、近時、社会的にも広く知られるようになってきた、「PTSD」(Post Traumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)を中心に、交通事故によって精神的不調をきたした場合に損害賠償請求を行うことができる要件について、裁判例を中心に見ていきたいと思います。

 

2.PTSD肯定例


2.1 平成10年6月8日/横浜地方裁判所/第6民事部/判決/平成7年(ワ)3033号:判例タイムズ1002号221

 

■PTSDの認定基準


・①心的外傷後ストレス障害のDSM―Ⅳ及び②ICD―10の診断基準

 

※①心的外傷後ストレス障害のDSM―Ⅳ

米国精神医学会発行の「精神疾患の診断と統計マニュアル第四版(DSM-Ⅳ)」(1994年)において定義される診断基準(具体的内容は2.2函館地裁判示内容参照)

 

※②ICD―10

WHO(World Health Organization)が定めるガイドライン(「臨床記述と診断ガイドライン」〔ICD-10〕)(1990年)において定義される診断基準

 

■PTSDを認定した要素


・本件事故により死の恐怖感を体験したものと認められること。

 

・原告が第五回入院から退院した後に示した精神症状及び異常行動は、心的外傷後ストレス障害のDSM―Ⅳ及びICD―10の診断基準を満たしていると判断できること。

 

・原告の心的外傷後ストレス障害の具体的な発症は、本件事故から五年以上経過してからのものであるが、自我を脅かさないようにするため外傷体験である本件事故を想起することを心理的に回避していたため、発症が遅延したことは十分にあり得ること。

 

・発症直前の手術は本件事故により傷害を負った腰部の腰椎前方固定術の手術であって、その拘禁状態等は本件事故を原告に想起させるに足りるものだったため、原告は、本件事故を再体験するようになったことが認められ、これらの事実からすると、原告の精神障害を交通事故の外傷体験によって引き起こされた重症の心的外傷ストレス障害であるという鑑定の結果は信用性があるものと認められること。

 

⇒したがって、原告の精神的不安定は本件事故の外傷体験によって引き起こされた重症の心的外傷後ストレス障害であると認められる。

 

■後遺障害の認定


原告の外傷後ストレス障害による後遺障害は、外出などの日常の行動にも危険を伴い、常に人の援助と保護を必要とし、簡単な家事以外の労務には従事出来ないものと考えられるものであるから、その等級は第七級の神経系統の機能又は精神に障害を残し軽易な労務以外の労務に服することができないものに該当する。

 

■過失相殺等


PTSDの発症については、夫や兄の死、父親の行方不明といった環境的要因が寄与していることが認められるとして、当事者間の公平な負担を図る過失相殺の立法趣旨に鑑み、同障害が発生した以降の損害(治療費、入院雑費、通院付添費、交通費、休業損害)については2割、それ以外の損害(逸失利益、慰謝料)については1割の減額が認められています。

 

※この判決は、日本で初めてPTSDの損害についての賠償責任を認めた点で画期的な判決と評価される一方で、医学と法学の双方から、批判(例えば5年後に発症している点で因果関係に疑問が残るといったものや、精神障害等はPTSDによるものではな、本人の性格や夫・兄の死亡、実父の行方不明といった環境的要因が大きな影響があるのではないか等の批判)がなされている点に注意が必要です。

 

2.2 平成13年11月21日/函館地方裁判所/民事部/判決/平成10年(ワ)211号:判例時報1780号132


■PTSDの認定基準


米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第四改訂版であるDSM―Ⅳの心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準は次のとおり。

 

A 患者は、以下の二つが共に認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある。

<1> 実際にまた危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、一度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、患者が体験し、目撃し、または直面した。

<2> 患者の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。

 

B 外傷的な出来事が、以下の一つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている。

<1> 出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起で、それは心像、思考、または知覚を含む。

<2> 出来事についての反復的で苦痛な夢。

<3> 外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む。また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む)。

<4> 外傷的出来事の一つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛。

<5> 外傷的出来事の一つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理的反応性。

 

C 以上の三つ(またはそれ以上)によって示される、(外傷以前には存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺。

<1> 外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力。

<2> 外傷を想起させる活動、場所または人物を避けようとする努力。

<3> 外傷の重要な側面の想起不能。

<4> 重要な活動への関心または参加の著しい減退。

<5> 他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚。

<6> 感情の範囲の縮小(例:愛の感情を持つことができない)。

<7> 未来が短縮した感覚(例:仕事、結婚、子供、または正常な一生を期待しない)。

 

D (外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で、以下の二つ(またはそれ以上)によって示される。

<1> 入眠または睡眠持続の困難

<2> 易刺激性または怒りの爆発

<3> 集中困難

<4> 過度の警戒心

<5> 過剰な驚愕反応

 

E 障害(基準B、C、およびDの症状)の持続期間が一か月以上。

 

F 障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

 

該当すれば特定せよ:
急性:症状の持続期間が三か月末満の場合

慢性:症状の持続期間が三か月以上の場合

該当すれば特定せよ:

発症遅延:症状の始まりがストレス因子から少なくとも六か月の場合。

 

■PTSDを認定した要素

 

・原告の症状は、本件事故前にはみられなかったものであり、本件事故後一か月以内に発現し、かつ、以後一か月以上にわたり持続しており、その症状には、不眠や悪夢等の睡眠障害、易怒的症状、本件事故の再体験症状、外傷と関連した刺激の回避等が認められる。

 

・心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、交通事故の場合であっても、その事故が死にかかわるような恐怖体験のような種類のものであれば、十分起こり得るものである。原告が本件事故により被った傷害は、必ずしも重傷とはいえないが、本件事故態様に鑑みれば、原告にとって本件事故体験は十分に死の危険を感じる程度の脅威であったと推認できる。

 

・原告の症状は、DSM―Ⅳ心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基進AないしFの六つのクライテリアを充足していると認められる。

 

・加えて、原告を長期にわたって診察治療した板橋栄治医師は、原告に発症した精神疾患は本件事故が原因で発症した心的外傷後ストレス障害(PTSD)であると確定診断しており、この意見・診断の医学的相当性を疑わせるべき具体的証拠は存しない。

 

■後遺障害の認定

 

なし(請求されていない)

 

■過失相殺等

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)には、被害者の性格的素因が多分に寄与していること、被害者には事故前に精神疾患の既往症がないこと、本件で請求されているのは、積極的損害、入通院慰謝料及び休業損害のみであること、被害者自身は恐怖心を取り除いて早期の社会復帰を望みながら治療を受けていたこと等の事情を考慮して、損害の公平な分担の見地から、損害額を3割減額。

 

2.3 平成13年12月28日/大津地方裁判所彦根支部/判決/平成13年(ワ)98号:判例時報1790号141

 

■PTSDの認定基準


・アメリカ精神医学界の精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM―Ⅳ)によるPTSDの診断基準(具体的には2.2事件参照)

 

■PTSDを認定した要素


・A要件について

 

本件事故が、A(1)の要件に該当することは、本件事故の内容や、原告の受傷内容、程度が生命の危険を伴う重症とされていたことからして明らかというべきである。

 

A(2)の要件については、原告は、本件事故の態様からして、本件事故発生の経緯については認識していなかったと考えられるが、衝突直前の危険が差し迫った異常な事態は認識していたはずであり、それに対する原告の反応は、強い恐怖ないし戦慄に関するものであったはずである。また、A要件にいう「外傷的な出来事」には、A(1)の要件からして、本件事故後の被告や保険会社の対応の不誠実さという類のものは含まれないが、本件事故によって原告が受けた傷害の結果そのものは含まれるはずである。そして、原告が彦根中央病院に搬入された時点では意識は清明であったが(甲10)、自己の身体の状態に対する原告の主観的な認識は、右半分が潰れたような状態で、身動きが取れず、痛いというのを通り越して、苦しくて生きた心地がしなかったというものであったこと(原告)からするならば、外傷的な出来事というべき本件事故に伴う受傷そのものに対する原告の反応も、強い恐怖ないし戦慄に関するものであったということができる。

 

・B要件について

 

B(1)の要件については、報告書に記載のとおり、原告は車を運転している際犬を連れて歩いている人を見ると追い抜けないという状況があり、それはこの要件に該当するものということができる。

 

B(2)の要件については、報告書は、加害者に踏みつけられる夢を繰り返し見る、加害者が笑っている夢を見る、「もう弁護士に任せたからワシは知るかい」とうそぶいていたりする夢を見ることを根拠に、これに該当するとしている。しかし、これによって再体験されるのは、アで考察したとおり、「外傷的な出来事」に含まれない被告の対応であるから、採用することができない。

 

B(4)の要件については、報告書に記載のとおり、原告は車を運転している際犬を連れて歩いている人を見ると追い抜けないという状況、輸血でエイズに感染した人のニュースを聞いて自分も大丈夫かと不安になったり、今でも後ろから車が来るとびくっとするという状況があり、この要件に該当するものということができる。

 

・C要件について

 

C(1)の要件については、報告書に記載のとおり、速水医師が長時間にわたって原告の診察をする中で看取しているものであり、また、原告本人尋問結果中にもそのことはくみ取れるものであるから、この要件に該当するものというべきである。

 

C(4)の要件については、報告書に記載のとおり、原告には重要な活動である仕事が従来の二分の一ないし三分の一程度しかできず、仕事への参加の著しい減退が認められるから、この要件に該当するものというべきである。

 

C(5)の要件については、報告書に記載のとおり、乗馬クラブの忘年会に出席しても楽しめないという状況があり、この要件に該当するものというべきである。

 

C(6)の要件については、報告書に記載のとおり、バレンタインデーなんか考えていたら却って落ち込むという状況があり、この要件に該当するものというべきである。

 

C(7)の要件については、報告書に記載のとおり、原告には将来に対する漠然とした不安や、一日一日、日が経つのが恐いという感覚があり、この要件に該当するものというべきである。

 

・D要件について

 

D(1)の入眠または睡眠困難の要件は、本件事故直後から心療内科アップルクリニックでの治療終了時まで一貫して存在していることは証拠上明らかである。

 

D(3)の集中困難は仕事面で明瞭である。

 

D(4)の過度の警戒心についても、車を運転している際犬を連れて歩いている人を見ると追い抜けないという状況から運転の際に認められる。

 

・E要件について

 

BないしDの障害が一か月以上継続していることも、証拠上明らかである。

 

・F要件について

 

BないしDの障害が、原告に、臨床的に著しい苦痛及び職業的機能の障害を引き起こしていることも明らかである。

 

以上に検討したところによれば、原告の症状はPTSDに該当するものというべきである。

 

■後遺障害の認定

 

なし(請求されていない)

 

■過失相殺等

 

否定。

 

・原告は、一般的な意味で内向的であり、前記診療経過を見ると神経質でもあるということはできるが、このことが原告のPTSDの発症に寄与したかどうかは不明であること。

 

・世界保険機構(WHO)の疾病及び関連健康問題の国際統計分類第一〇回修正(ICD―10)の臨床記述(CDDG)によれば、「人格傾向(すなわち強迫的、無力的)や神経症の既往などの素因は、症状の発展に対する閾値を低くするか、あるいは経過を悪化させるものかもしれないが、その発症を説明するのに必要でもなければ十分でもない。」とされていることをも併せ考えると、原告の主張する既往症なるもの及び性格が原告の損害発生に寄与しているとは認めがたい。

 

※どの程度結論に影響があったものか具体的には不明であるものの、保険会社の保険金支払いの姿勢について苦言が呈されています。

 

「本件においては、原告の被告に対する当初の感情的対応に影響されたためか、保険会社には、原告の受傷の程度が生死に関わる重大なものであったこと、そのような場合には原告が精神的に大きな打撃を受ける可能性があること、事故被害者が身体的健康を回復して事故前の生活を取り戻すためには精神的側面での健康の回復がどうしても必要であることを看過ないし軽視し、経済的合理性の理念に重きを置いて支出を抑えようとする姿勢がうかがわれ、その姿勢が原告の症状の悪化に寄与した可能性を否定することができない。当裁判所は、保険会社が保険金の支払いを合理的範囲内にとどめようと鋭意努力することについて異論を差し挟むものではないが、事故被害者の精神面に対するより一層慎重な配慮が望まれると考える。」

 

この他にも肯定例は複数存在しますが、基準の設定と当てはめの参考になる裁判例としてご紹介致しました。

 

次回は、否定例の検討を通じて、PTSDが認定される限界について検討をしていきたいと思います。

 

以上

(弁護士 武田雄司)

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